※神之塔の登場キャラクター「カラバン」を中心とした二次創作小説です。二次創作が苦手でない方、神之塔485話までを読まれた方向けの内容であることをご理解下さい。種類としては、できるだけ"原作の設定や事実に沿った"創作となります。カラバンおよび第4軍団の、本編の合間にあったかもしれない時間を楽しんでもらえたら幸いです。
※当作品内では、一部のキャラについて独自の設定を含んでいます。
<登場人物>
ーーザハード軍第4軍団ーー
◯副軍団長 エルファシオン
ハイランカー。カラバンの従者で唯一の1階位。ポジションは灯台守り。識別名type-L
◯???
◯(元)軍団長 カラバン
現第4師団 中隊長。ハイランカー。軍に入る前は人間ハンター/コレクターとして塔に名を馳せた
・第2師団 副師団長 青ドリアンフロッグ
ハイランカー。2階位の従者。カラバン隊の最初のメンバー。相棒は古代蛙の神海魚ポーラックで、普段はフロッグの持つ井戸の中にいる
・(元)第4師団長 ユルカ
現第4師団 小隊長。ハイランカー。2階位の従者
・第4師団員 ティンカー・ヨルチェ/ロッチェ
3階位の従者。双子。無口
ーー反ザハード勢力ーー
・地獄のエヴァンケル
元試験の階の支配者。ランキング300位内。炎使いの古代種の宿主
とある戦場。
「ザハード軍第4軍団副軍団長の名にかけて!!絶対にお前をここから先には進ませない!!」
男の叫びと、「無駄だ!!」とそれを振り払う力強い女性の声。
男の方は、どうやらザハード軍の副軍団長という肩書きらしいが、その長身と特徴的なフォルムは間違いなく"type-L"だった。
彼が繰り出した灯台超越技クリスタルミラールームの拘束さえものともせず、進撃を続ける敵の女性は、相当な実力の火炎師。力の差は明白のようだ。
type-Lもそれを知ってて、何かの覚悟で立ち向かっているように見える。
勝敗の見える戦いでもなお纏(まと)わりつかれる苛立ちを、まさに業火のごとく体現する苛烈な女性は、そのままの勢いで突進。
「無駄な抵抗はやめてさっさとどけ!!」
手にした柄から圧縮した炎の刃を作り出した。
「ーーさもなければお前をこの場で殺す!!」
そう言われても、type-Lは、両手を広げ、彼女の進路の真正面から一歩も動こうとはしない。食いしばった歯、悔しさをにじませる眉間、僕の知る無機質な彼の印象とはどこか違う、"意志"のようなものが見えた。
ここで、薄々感じていたことを、ほぼ確信する。
ーー僕が見ているのは、おそらくtype-Lの"最期"だ。彼は、ザハード軍第4軍団の副軍団長になり、圧倒的な強さの敵を前に、自らの命をなげうってまでも何かを為そうとしてる。彼とはまともに会話もしたことはないけど、まあよく毎日真面目にやるよ、とは思う。それだって、彼が機械で僕が人間だから〜ぐらいにしか考えたこともなかったーー
次の瞬間には、type-Lの背中に、燃えさかる炎の剣身が生えていた。
その剣身が圧縮を解かれ、さらに炎をくべられ、彼の腹のど真ん中で、一気に爆炎へと成長していく。
「くぁぁぁぁっ!!」
内部から高熱で溶かされ、焼失していく自身の回路に抵抗するかのような声。
そして、絞り出されたtype-Lの最後の言葉。
この言葉が、僕の見たビジョンにたくさんの意味を与えた。
「カラバン様!!申し訳ありません!!この命、軍団に捧げます!」
直後、制御を失ったはずの彼の青い灯台のいくつかが輝き、敵の炎をかき分けたかと思うと、一筋の光線が戦場を走った。遅れて、その威力を物語る大きな銃声。
type-Lにとどめを刺した強敵もまた、何者かに頭部を狙撃され、血を噴いた。
どうやら彼にも狙いがあって、命を賭けたその作戦が成功したようだ。
抜け殻となった両者の体が、その空域の不思議な浮力でぷかぷかと漂っている場面で、僕は一連のそれを見終えた。
鉄の天井。
さすがの僕も少し目が冴えてしまった。
いつもよりこのビジョンの不合理さが嫌になる、そんな中身だった。僕たちは見たものを変えられない。
それからしばらく、彼の最後の言葉が何度も思い出された。
"カラバン"という人物への忠誠、志(こころざし)半ばと思わせる謝罪と無念、そして、象徴的な"捧げる"という単語、全てに彼の強い意志が込められていた。
僕の知る彼からは想像もつかないその色、濃さに、ただ驚いて、前のめりに見届けて、いつものどうでもいいやでは片付けられずに、モヤモヤした。
彼のそれまでに何があったのだろう、とか思ってしまう。
かといって自在に"見る"ことも出来なければ、結局なんにも出来ない僕は、ふとこんなことを考えていた。
機械でも人みたいに、死に直面した瞬間、記憶を走馬灯のように辿ることってあるんだろうか、あり得るのかな、と。
type-L。地獄のごとき炎にも屈しなかったあの意志。彼がそれを獲得するまでに、やっぱり彼の歴史があったんだと想像する。もちろん彼のように生きたいとかは、これっぽっちも思わないけど。
彼が最後の最後までその身を捧げたもの。
そこまでの道のり。
それからーーー、
カラバンという人物との大切な出会い。
とか?
もしあの時、彼の頭の中をそんな情景たちが駆け巡るなんてことがあるとしたら、それはちょっとはマシな人生なんじゃないか、と……もうやめ。寝よう。
「やっぱり操縦士のあいつ、連れて来なくて良かったっすかね?こんな得体のしれないとこで一人にして」
「レーダーにも反応しない、ここに着くまで攻撃もなかったのを見ると大丈夫かと。さきほど言った通り、この施設の脅威はおそらく1人の灯台守りのみです」
「それにしても灯台が確認できただけで80台?それを制御してるのがたった1人って……俺っちはそんな人間相手にしたことないっすよ」
「唯一聞けた噂ではここは工房の研究施設ということですから、その通りなら人間じゃない方が普通でしょう」
浮遊船でやって来た侵入者が5人、中へと進んでくる。
先頭の屈強な男は口を開かず、その後ろに並ぶ2人がさきほどから話していた。片方の後ろにくっついている顔のそっくりな男女もまた無口。
「でも工房の施設ってのも、見た感じ怪しいっすけどね。どう見てもバカでかいただの浮遊岩っすよ」(※浮遊岩:浮遊石ほど純度は高くないが、その成分を含んでいるためそれ自体は浮いている。周囲の物を浮かせる影響はない。見た目は普通の岩)
「ただの浮遊岩がどうして隠されている」
「そういうことです」
初めて口を開いた先頭の男ーーおそらくリーダー格ーーに、長髪の方が満足げに同調した。
バツが悪くなった全身カエルっぽい服のもう一方は、両手の平を頭の上に重ねて、
「にしてもここがその研究施設ってんなら、こんなとこで何を研究してんすかね」
と、相変わらず思ったままを口にする。
「それはどうでもいいことだ」
すかさずもう一度、先頭の男に諌(いさ)められてからは、一行にしばらく静かな時間が流れた。
ようやく中央の開けた岩地に5人はたどり着く。
type-Lは、一帯に所狭しと灯台を配置し出迎えた。
おかまい無しに進む先頭につられ、全員がそのまま踏み入っていく。
最後尾の2人も入って、それから数歩ーーその瞬間、5人のまわりの灯台だけが一斉に青く光った。
type-Lの灯台制御「絶望の長壁」、頑丈な神之水の壁で全方位から圧殺する大技が5人を襲う。たちまち灯台各個が展開する球状の障壁に彼らは押し込められた。
「くっ……静かだと思ったらいきなりっすか!!」
カエルの男が元気そうなことは仲間にも伝わっただろう。
その声の直後、覆い被さる青い球々の隙間から、青白い光の筋がいくつも漏れ出した。
「ボンバー」
あのリーダーらしき男の声。
発した途端、一瞬の閃光が辺り全てを照らしたかと思うと、マグマのような地響きといくつもの灯台の破裂音を残し、周囲の一切をクリアにした。
先頭で、右手の甲に青白い光の余韻を灯す男は、再びtype-Lの方へと歩き出す。
小走りですぐ後ろについた2人が、
「これ以上、お手を煩わせるわけにはいきません。ここは私が」
「俺っちもこのままナメられてらんないっすよ!」
一人は頭を下げ、一人は右肩を大きく回しながら、言った。
技も言葉も格別な切れ味を見せるリーダーはこう返す。
「お前たちでは無理だろう」少し顔のこわばる2人。「ーー相手は優秀な灯台守りだ。遠距離主体のお前たちでは致命的なダメージは与えられまい」そこまで聞いて、少し安心した表情に変わった。
「分かりました」と再び仰々しいお辞儀を見せた方が、「ちぇっ、強そうなヤツ相手だといつもこうっすーーいてっ!!」悪態をつくカエルの方の頭をはたく。
実力も抜きん出ているであろうその男が一人、落ち着いた歩調でtype-Lとの間合いをさらに詰めていく。
ついに、両者は、一歩の跳躍で格闘に入れる"戦士の間合い"にまで近づいた。
じっと見つめ合う目と目。
擦り合わされ、さらに研がれていく意識と意識。
鏡のようにお互いが、ひざを曲げ、腰を落とした。
風はない。
何か小さな音が生じれば、どちらからも飛びかかる、そんな緊張感。
「ここへ来た理由を問う」
口を開いたのはtype-L。
「少し驚いたな。問答無用で仕掛けてきた方が、理由を問うのか」
言葉とは裏腹に眉一つ動かさない男。
「対象A、および後方のB以下すべて、管理者及び訪問者のデータにない。すなわち排除対象である。しかし、これが意図しない訪問であり、今すぐ退去するならば見逃す」
「その方が互いに利があるという判断か。理屈には合う。ならば答えよう。お前を仲間にしに来た」
type-Lは、この研究施設を一人で維持、管理する存在。この要求は、あまりにも的外れなものだった。
返答は、無言の拒否。
Aは、しかとそれを受け取った。
「いいだろう。俺も言葉を使うのは得意ではない。ーー武の浄水」
口にした男の両拳の甲から先ほどの青い光。一段とまばゆく見える。
その刹那、一気に肉薄の距離に潜り込んだのはtype-L。
対する男は、まだ眼球が敵を追う時間の中。
斜に構えた腹側に少し回り込むようにして、勢いのまま蹴り上げた右脚が、Aの脇腹に刺さる。
相手が灯台守りと油断し、初撃を食らいざまにーーしかし驚くことに体格差のある打撃にも体を少しも浮かすことなくーー男は、相手の正面を向き、2撃目に備えた。両足をさらに開き、腰の位置をさらに深く。それと同時に、縦に曲げた両腕をヘルメットのようにして頭部への致命打のみを防ぐ。完全な"耐える"構え。いくらでも打てばいい、という自信のようにも伺える。
その相手の形が許す箇所、ボディや足に有効な蹴りを本命に狙いつつ、上半身にも左右から拳を叩き下ろすtype-L。頑強な相手の体の外側をじわじわと痛めつける連打。
いかにも捜索者か釣り師と思える肉体派の男に対し、灯台守りが烈火のごとく格闘戦をしかける光景。
まさにその真っ只中に聞こえた声に、type-Lは耳を疑った。
「力の込められたいい攻撃だ」
落ち着いた、真っ直ぐに通る音。
長い手足から繰り出される左右、時には蹴りが巻き付くように後ろから、と大きく全身を揺さぶる猛攻。その嵐の中で、じっと耐えて立つ男が発した言葉。
聞いた方は思わず攻撃の手を緩め、敵はそれを見逃さず右の拳を振り上げた。
紙一重でかわし後方へ跳ぶtype-L。
一言と一発で入れ替わった攻守。Aが畳み掛ける。
振り上げたままの右手を再び強く握り、「バックラッシュ……」相手の跳躍先の宙が震えた。
その爆ぜる兆しの中、反射的にtype-Lは腰のウイングを開いていた。
「ーービッグボンバー!!」掲げた右手、その甲が輝き、前方の空間が爆発。
「灯台技 瞬間加速」同時に近くの灯台3台の照準がtype-Lに向き、慣性とは直角の方向に動く彼を一気に加速、回避させた。
空振りになった大爆発の余波が、宙に浮くtype-Lの長い尻尾を乱暴に揺らす。
「これをかわす灯台守りがいるとはな………全力で行くぞ」
そう言うと、Aの額にある3つ目の結晶が、初めて光を放った。両手のそれも輝きを増し、彼の言葉が真実だと告げていた。
対するtype-Lの前方には、散らばっていた灯台のうち20ほどが隊列を組む。
「対象Aの神之水量が対処許容量をオーバー」
「ほう。ならばお前はどうする?」
「……超越技クリスタルミラールーム!!」
言い終えた時にはAを取り囲んでいた灯台たちが、その内に真空色のクリスタルを作り出した。
再び先制を取られ、閉じ込められた男。しかし、さきほどと大きく違う文脈は、両者ともに分かっているだろう。
灯台守りが、無数の灯台を集め、満を辞して放った超越技を、Aはあえて受けた。理由はおそらく、反応する必要のない技だったから。
Aが、ふん、と短く息を吐くと、クリスタルは粉々に散った。あたかもその吐息で吹き飛んだかのような呆気なさで。
上等なハイランカーの、灯台超越技で、5秒とその男を拘束できない。
このクラスの戦闘において、勝利の女神は気まぐれに笑うもの。凡庸なランカーたちの通説ーーポジションや神之水属性の相性などーーは参考にもならないし、その時のコンディション、場の空気、一瞬の気概などで勝負の行方は移ろいゆく。ただしそこに、よほどの力の差がない限り、と付け加える必要はあるだろう。
瞬間的に発散したAの神之水が、反動で彼に吸い込まれていき、その悠々たる姿があらわになる。
伏せた顔、そこから発せられた次の一言。
しかしそこに、男が今まで見せなかった、少し場違いに思える違和感が込められた。
「なんだ、これはーー」それは明確な"怒り"の感情。「今の技は十分に優れた灯台技だった……」それをあっさりと打ち破り、力の差を確信させた、明らかな戦闘巧者であるはずのAの、異様な怒り。「この俺を数秒!確実に、拘束したのだ!それでなぜ攻めてこない!動かぬ標的を前に、あれほどの体術、驚くほどの数の灯台を操れる、お前ほどの戦士が!!」
その怒りを煽ったのは、彼が灯台技に抑えられた数秒の間に、type-Lが取った行動。その現在位置。両者の距離は大きく離れていた。
Aの言う"絶好の機会"に、type-Lは、近くの灯台から離れた上空、別の灯台へと、逃げるようにテレポートしていた。何かを狙ってのことかは分からない。
「ボンバー!!」
それを確かめるように、連なり爆ぜる一撃が上空に飛びかかる。
type-Lは、その到達に余裕を持って、傍らの灯台からまたテレポート。
「この力でねじ伏せるべき信念は、ここにはなかったか」
結果を見て、対するAは、怒りから失望へと声色を変えた。
さきほどの火花散る肉弾戦から一転、仮にも自分の拳が空を切るほどの相手が、この施設中に配置した数多の灯台を使っての逃げの一手。その逃げ道の数、type-Lの灯台は、まだ50はくだらない。
Aの感情的な言動は、意外で、その真意も量りかねるものだったが、一方で当然のことかもしれない。
また今思えば、部下にもほとんど寡黙である男が、この戦闘中、思ったことのいちいちを口にし、態度にしていた。あの冷たい眼差しは、それだけでは残酷なものにしか見えない。それでもやはり、type-Lと対峙してからの対象Aが"少し違っていた"のは確かだろう。
もう一発、鋭さに欠ける彼の「ボンバー」が、type-Lのテレポートに遅れて、そこにあった灯台だけを破壊した。
「戦士でない者に、敬意は払わんぞ」
そうつぶやくと、男は、再び腰を落とす。
さながら、巨大な弾を放つために地面にアンカーを撃ち込む砲台のように。
両腕にそれぞれ蓄えた爆発の渦を、体の前で衝突、弾を込める作業に移る。
直後、Aの背後に2つの影が、一瞬のうちに現れた。
「何かクサいんで、金魚鉢の目で確認したんすけど、あいつの内部温度が一気に上がってるっすよ!これベタですけど、自爆ってやつじゃないっすかね?」
「私の耳も、彼がその特殊なプロセスを承認させる文言を聞き取りました。あの手の者、仮にヤツ自身を破壊しても爆発は避けられないでしょう。加えて、あれほどの数の灯台を操る神之水量、自爆の狙いからも推測するに、少なくともこの施設は全て消す規模のものです」
部下2人、対象B,Cの助言を受け、
「そうか。死なないように下がっていろ」
と、Aは、言葉足らずに彼らを追い払う。
「え、っと逃げないんすか?一緒に爆発はちょっとカンベーー」
「分かりました。主(あるじ)もご注意を」
さきほどから従順さを見せる片方が、もう片方を連れて戻り、そのまま告げる。
「3人で耐えるよ」
最後方で控えていた顔の似た2人、対象D,Eが、あいかわらず無言のまま、長髪の男の声に応じ、その両脇に並ぶ。
3人の神之水が互いの間で増幅し、前面に、まるで紫の蓮の花のような防壁を広げていった。
「……ちょっと、それ4人にしてもらっていいっすか?」
あぶれたカエル衣装の男が言う。
「まあいいでしょう。後ろに立っていることを許可しますよ、先輩」
「わぁ……優しい後輩っすね……」
という具合に、後方の部下たちがもれなく爆発に備える中、Aはすでに、周囲の岩地の表面を削り取るほどに、自身の逆巻く神之水を高めていた。
その吹き荒れる中、
「もうかなり高温になってるっす!いつ爆発してもおかしくないっすよ!!」
と、部下の声。
Aが上空のtype-Lに向けて言い放つ。
「最後に聞こう!お前が命を捨てる先に何がある?」
虚しいだけの問い。
機械である相手に男は、何を見て、何を聞いたのか。
無意味な言葉を嫌い、無意味な攻撃に反応を示さない、屈強なあの男が。
上空に佇み男を見下ろす、くすんだ青の瞳は、当然のようにただ沈黙した。
地面を揺るがす轟きと暴風だけが、さらに唸りを上げ、響き渡る。
「武の浄水ーーアトミックスクリュー!!」
おそらく彼の最大級の技だろう。
密度を高め、練り上げられたーー武の浄水とやらの為せるーー力のすべてが、臨界を超えたマグマのごとく、解き放たれた。
「ぐぅぉぉぉぉ!!」
押し出すAの叫びとともに、圧縮されたまま一直線にtype-Lに放たれる、と思われたそれは、彼を中心に"全方位へ"発散していく。
「まさか!?灯台を全部やるんすか!でも相手の逃げ場絶ったって!!」
「ドデカいのが来るぞ!!」
男の部下たちも、戸惑いつつ、予想される次の事態に備える。
その現象は、例えるならば熱い風。
あれほどの神之水の発散が、もし攻撃を意図していれば、まず周囲の灯台をたちどころに破壊し、味方の張った障壁を大きく歪ませ、そして、標的であるtype-Lがいくら耐えようとも苦悶の表情を、とてつもない衝撃を、もたらすはずである。
だが、どの対象とも衝突をせず、すべてを撫でるように、Aの放つ猛烈な熱風の神之水が、ひたすら外へ外へと流れ出ていく。
type-Lは、瞬時に遠くの灯台へのテレポートするでもなく、その空中で静止していた。脅威にはならないーー逃げ場がないと察したのかもしれないがーーと感知した異質な神之水の放出だったのだろう。
エネルギーとしてはあまりにも膨大なAの大技、その熱と風が、たちまちこの施設と上空を覆うほどの規模に広がり、数分の間にも及んだ。
そして、type-Lの自爆すら起きないという肩透かしのまま、嵐は過ぎ去って行った。
「ふっ」と、一つAが息を吐く。
ドシャ、と、何かが落ちた音が続く。
力尽きたtype-Lが、糸の切れた人形のポーズで四肢を絡ませ、地面に崩れている。
ゆっくりと歩み寄るA。
すぐに駆けつけるB以下、4人の部下たち。
「もう爆発……しないんすよね?」
相変わらず見たままを口にする部下に、
「そのようだな」
と、Aが答える。
長髪の部下が、顎を摘みながら言う。
「回路がショートしたか……もしかしたら小規模な磁気嵐が生じたのかもしれませんね。子どもの頃に教わった記憶が。超高音、高質量からなる爆発と質量放出が地磁気と干渉し合って、周囲の電子機器に多大な障害をもたらす、とか。半分神話のような科学の話です」
「なーるほどっす!それを狙って、あの技をばっちりキメたってことっすね」
「違う」Aは自身の拳を見つめる。「この力で打ち砕く信念はそこになかった。俺は、ただ身に降りかかるーー」
Aが言いかけたところで、type-Lの抑揚のない声が遮(さえぎ)る。
「初期化完了。新たな管理者の登録を要求ーー」
それを聞いた男は、彼の体を仰向けにきちんと整えてやり、その顔の隣に片膝をつく。
「新たな管理者の登録を要求ーー」
「自爆のプロセスで全てのシステムにリセットが入ったのかもしれません」
「新たな管理者の登録を要求ーー」
「これって、あれ!?もしかして仲間に出来るってことじゃないっすか?」
「新たな管理者の登録を要求ーー」
「またあなたは呑気な……どういう登録手順が必要かもわからないんですよ?あっーー」
「これも運命かもしれんな」
そう言って、対象Aは、右腕でtype-Lの上体を起こす。
顔を覗き込み、
自身の名を告げた。
「カラバン」
ーー僕は、その名を知っていたーー
「カラバン様。生体データを登録致しました。管理者応対モードに移行。全運動機能作動」そう言うと、支えられていた上体を自ら起こし、その男の正面を向きながら跪いた。「カラバン様!このtype-Lに最初のご命令を」
「………俺は、この力で全ての人間、信念、団体をねじ伏せ、塔の戦争と分裂をなくし、一つにする」言いながら、男は立ち上がり、勇ましくtype-Lを見下ろす。「その為にお前のすべてを捧げろ。何を為すべきか、自ら考え、自ら実行しろ。この命令を、唯一絶対のものとする」
「かしこまりました、カラバン様。つきましては、唯一絶対のご命令にコマンドネームをご指定下さい」
「データに刻む名か……くだらない。なんでもいい」
「了解致しました」
ひたむきに頭を垂れるエルファシオン。
それをじっと見るカラバン。「……type-L ……そうか」と小さな声で頷き、ポケットを一度操作した。
そして、周囲に聞こえるようにはっきりと、
「エルファシオン」
そう、口にした。
「エルファシオン……こちらがコマンド名ということでよろしいですか?」
「ああ。それが、このカラバンとともに成し遂げる誓いの名であり、お前自身の名とする」
「私の名?type-Lという私の識別名も、エルファシオンに変更するということでしょうか?」
「そうだ。俺がその名を呼ぶたび、お前がすべてを捧げるべきものを思い出せ。これから俺が大きくするこの隊も、お前がまとめろ。エルファシオン、その名に誓って、何としても」
「了解致しました」
主人への応答は、彼らしいとてもシンプルなものだが、どんな人間よりも信用に値するものでもある。ーーそれに僕は、その誓いを貫き通す彼の姿を知っていた。
「ーーカラバン様、けっこう機嫌いいんすかね?」
聞こえる程度の小声で、例の部下。
「ばっか!なんて無礼な奴だ!信じられん!!」
「行こう」
男は、変わらずの反応。帰路へと向かおうとーー、
「カラバン様!」
さっそくとばかりに歩き出した主人の横に並ぶ、部下筆頭となったエルファシオン。
「ーー実は、この施設に、必ずやカラバン様のお力になる人物がいます」
それを聞いて、カラバンはまた足を止めた。
「ーーここは、維持管理すべて私1人で行っていましたが、1人だけ人間が、工房の研究の被験者がいるのです。ここで行われている研究とは、彼が持つ予知夢および透視能力の解明、アイテムへの転用」
「ふむふむ、やはりここで行われている研究は有用であるとハナっからーー」
何か後ろで"俺っち"が言い始めたのをよそに、エルファシオンは続けた。
「ーー彼の能力は、必ずやカラバン様の願いにも貢献すると思います。どうなさいますか?」
「お前がそう考えるなら任せる。案内してくれ」
「はい」
一行は、エルファシオンを先頭に歩き出す。
研究所の入り口までの間、カラバンの部下たちが、とりあえず名前だけをエルファシオンに紹介した。
これまでも目立つ発言の多かった男の名は、青ドリアンフロッグというそうだ。彼が、また一つ尋ねた。
「カラバン様、エルファシオンという名前には何か理由があるんすか?昔の知り合いの名前から取ったとか。元がtype-Lだから、まあ"エル"はそこから取ったとーー」
そして、これまでも決まって主人との間に入っていた長髪の男、ユルカ。
「いえ、不躾な質問にお答えする必要はありません。カラバン様から与えられたということ自体が何よりの幸福なのです」
少し俯き加減に、微妙な笑みを浮かべる彼の後ろに、似たような表情で2つの同じ顔が並ぶ。名前からやはり兄弟か双子のようだ。女性の方がティンカー・ヨルチェ、男の方は名をロッチェ。
彼らがどこか不思議な連帯感で付き従う主、カラバンという男。
今回のフロッグの発言に、彼は珍しく反応した。
「エルファシオンとは、俺が育った村の言葉。その意味はーー」
4人の部下が同時に視線を送る中、当のカラバンは、その名の男を見るでもなく、真っ直ぐ前を見たまま、
「不器用だ」
と、答えた。
「素晴らしいです!なんと趣深い!!」ユルカが絶賛し、「自爆するほど不器用、間違いないっすね!」フロッグが下品に茶化す。
一番前を歩くエルファシオンは、そのやり取りを背中で聞きながら、施設の入り口をくぐった。
エルファシオン、カラバン、その部下たちが、廊下をこちらへ向かって歩いてくる。
「ただし、彼が素直に仲間になると言うかはあまり期待しないで下さい。何より厄介事を避けるタイプの人間ですから」
カラバンが小さく鼻から息を吐く。
「男が拒否した場合、お前ならどうすれば良いと考える?」
「そうですね……彼の力を必要とする時を除き、自由に寝ることを許可する、という条件を提示すれば、可能性はかなり上がると考えます」
ーーまた好き勝手言ってくれるなぁ……その通りすぎるけど。でも、僕からすれば、今ここから逃げちゃった方がもっと自由に寝れるんじゃないか?
「寝たがりの我関せず、か。ならばお前に任せよう」
5人が正面のガラス窓の向こうを通り過ぎ、部屋の奥のドアに手が掛かる。
「こちらです。あそこに寝ているのが話していた男、ーーポンセカル・ドラック!起きろ!」
ーー経緯も知ってるし、今も言われなくても聞こえてるんだけど、ここは僕が"見た通りに"起きとかないと。さて、ーー
「やあみんな、僕がポンセカル・ドラックだよ。OK。カラバン様の仲間になるよ」
それを聞いて、あの屈強な男すらあからさまに片目を吊り上げる様を、直接この目で見れたのは面白かった。
エルファシオンも、「い、いいのか?」と慌てて。
「うん。その代わり、さっき言ってた条件の方はちゃんと忘れないでね」
そう言った僕を、フロッグや他の人たちは、口を開けたまま僕と仲間を交互に見て、カラバンだけがすぐにあの鋭い目で、
「なるほどな」
と、返した。
僕の能力と、どういう人間か、そんなところを納得してくれたのだろう。ここもだいぶ居心地は良かったけど、次の居場所もそんなに悪くなさそうだ、そう思った。
部屋を出る時、一番後ろにいた彼をつかまえて、こう告げた。
「このままついて行けば、その先であなたは死にますよ」
僕の予知夢を知る者がこれを聞いたら、彼以外のほとんどは逃げ出すだろう。
そして、わずかな口惜しさと精一杯の晴れやかさを特殊な素材の顔面に浮かべて、のちのザハード軍第4軍団副団長になる男は、こう答えるんだ。
一言一句、僕の見た夢の通りに。
「そうですか……その時まで私は、この名に誓って、カラバン様とこの隊に身を捧げましょう」
僕は、
『大丈夫。あなたはちゃんと成し遂げますから』
そう返してやれない自分の不自由さを、また噛み締めながら、部屋を後にした。
「ーーこうして、カラバン様との誓いに膝を折り、我らが筆頭、1階位の従者エルファシオンさん、そして、この僕、ポンセカル・ドラックが隊に加わったのです……。しかし、塔を導くも壊すも彼次第とも称される、あのポンセカル家の眠れる獅子を解き放ったことが、のちに自分たちを歴史的大事変の中心へとひきずり込んでいくということを、その時の彼らは知る由もーー」
「あーあー止め止め。つい聞き入っちまったが、最後のそれで一気に冷めたぞ!ドラック」
「ガルルル……もうどこまでが真実か怪しくなった……」
「えーそんな。ミセビッチさんもパウラーさんも酷いですよ。僕は夢で見た通りに一部始終ーー」
「だーから、それも直接見たんじゃないってことだろ?」
「ガルルル……」
「対象Aとか、エルファシオンさんが自爆?それも偶然止められっちゃったーとか。なんか作り話っぽいんだよなぁ。やけにカラバン様の台詞も多いし」
「いや、本当に見たーー、というか台詞とか言っちゃうのってーーあ」
「ん?あ、エルファシオンさん!そんなとこで立って聞いてたんですか?ちゃんと言った方がいいですよ、コイツ。嘘言ってたらそれこそビシッと言ってやらんと!」
「どうだろうな……。まあ良い時間潰しになった。カラバン様にお会いしてくる」
「……ほんとみんなドラックには甘いんだよなぁ」
「そうなんですよね〜。たくさん話したし、寝よ」
「おい!自分で言うな!ったく……。いつか痛い目会うぞ」
「ふぁ〜…………でも、エルファシオンさん、笑ってましたよね。勝手にこんな話しちゃったから、怒り通り越しちゃったのかな……はは……」
……ジジジジッ………ジジジッ……。
「ああザハード軍に入ることに決めたよ。昨日一目見た瞬間に感じたんだ」
「それは何よりです、カラバン様。私が余計なことを申したのではと、心配しておりました」
「エルファシオン、お前はその名に恥じぬ働きをしてくれている」
「もったいないお言葉です。私にはその名と生きる場所を与え、こうして多くの隊員を集められたのも、紛れもないカラバン様のお力です」
「お前は、その隊員に"階位"を与え、統率し、あの当時の俺の"人間ハンター"という野蛮な通り名も、新たに"人間コレクター"として、より厳威(げんい)なものとして世に浸透させた。……そう言えば、対象Aとも呼んでくれたな」
「カ、カラバン様!?あれは!!……お人が悪い」
「いや。お前にあの名で、名もなき対象Aと呼ばれて、自分がこの力の単なる器なのだと改められた。まだ未熟だった俺は、戦士として正義を為すと、どこか自分のエゴで拳を振るっていたのだ。結果、感情的になり、あの時は偶然お前を助けることになったが。あれはそういう運命だったのだろう。エルファシオン、お前は、この俺の誓いの名であり、戒めでもあるのだ」
「運命……そうですね。その誓いと戒めの器として、これからもカラバン様のお側で尽力致します」
「しかし軍に入れば自由は奪われる。軍服を着なければならないし、好きに出歩くこともできない。皆がうまく適応してくれるかどうか……」
「カラバン様と一緒なら大丈夫でしょう。我々は皆カラバン様が"集めた"部下ですから 戦争と分裂をなくすために強力な力のもと一つになろうというカラバン様の願い、もちろんその思いを知る者は我々の中でもごく一部ですが……それでも皆こうしてカラバン様のもとで一丸となって頑張っています。中にはカラバン様の強さに惚れた者や、人となりや外見に惚れた者もいれば、訳もなくただ単純にカラバン様を好きな従者もいます。カラバン様は怖い方ですが、不思議なことにここにいる皆がカラバン様を慕っているのです。カラバン様が軍に入るとおっしゃれば入り、死ねと言われれば死に、生きろと言われれば生きます。なんでも命じてください。我々は永遠にカラバン様の忠実な従者ですから」
………ジジジッ……………ジジッ…………。
「寸分違わぬ正確な打鍵。私は……機械の私にも、カラバン様のピアノが美しいと感じる。いや、私はこの音色が好きだ」
………………ジジッ……………………ジッ…………。
巣、第2防壁前。
カラバンは、スレイヤーカラカと非選別者の少年に挟まれ、彼らの師の技である孔破術をその腹と背に順に食らった。
未熟な二つの攻撃は、彼に傷一つ与えなかった。
だがその時、腹の内側に熱っぽい痛みを覚えた。
思い当たるのは、真田ユタカに大きく空けられ、非選別者によって広げられたあの古傷。時に襲うあの刺すような痛み。
それとは明らかに違う感覚が、体の中心からじんわりと不気味に広がっていく。
違和感から生じた一抹の不安と、同時に誘発する真田ユタカの弟子たちに抱く妙な感傷に、冷たい一瞥(いちべつ)をくれて、カラバンは再び顔を上げた。
…………………………………ジッ…………。
COLLECTION.3 エルファシオン+ポンセカル・ドラック
<追加登場人物>
ーーザハード軍第4軍団ーー
◯第2師団中隊長 ポンセカル・ドラック
上位ランカー。2階位の従者。灯台守り。予知夢、透視の能力を有する血筋。夢で予見した内容を現実で変えることは許されない
あとがき
まずは、展開上入れられなかった挿絵から。
時系列でいえば、第2話ユルカたちの加入の後、第3話エルファシオンと対峙するまでの時間にあったコマです。
浮遊船に向かう面々。カラバン、フロッグ、ユルカ、ロッチェ、ヨルチェ、左下に緑色の髪の人物。
このコマは、僕の個人的な解釈として「カラバンが初めて隊所有の浮遊船を入手した場面」だと考えています。482話のカラバンの回想たちはどれも彼にとって印象深い、古参メンバーとの初めての出会い等が描かれている為、この浮遊船も"記念すべき最初の"かな、と。
そして、左下の謎の人物ですが、原作内で緑色の髪をした第4軍団員は複数いる為、特定は難しいです。なので、推測すると、もし浮遊船と同時に加入したのであれば「凄腕の操縦士」だろう、と。417話で終着駅から逃した非選別者を追跡する緊急事態に、カラバンの高速浮遊船に同乗する緑髪の人物がいます。この人物を、挿絵の左下の人物、カラバン隊の凄腕操縦士として、仮定してます。
以下、本編のあとがき。この先もいつもより少し長いですが、よかったらお付き合い下さい。
カラバンは特別な相手には戦闘中であろうとけっこうしゃべります(真田ユタカや非選別者の少年など)。彼が第4軍団の中で唯一特別な感情を持っているとすればエルファシオンのような気がします。寡黙で不器用なほどに真面目な彼の性格に、何かシンパシーを感じていたかもしれません。
また、機械であり(独自解釈ですが)、決して馴れ合いにならない関係と信じられるからこそエルファシオンには気を許せる、そんな側面もあるかもです。なぜなら、たとえ自分の部下や仲間であろうと馴れ合ったり感情的な触れ合いをすることは、カラバンの掲げる目的(人それぞれが持つ信念や思いやり、正義が、結局は平和を阻むものであり、それらを一つの巨大な力でねじ伏せる必要がある)とは矛盾するからです。そこに、自身に近い鉄の心を持つ存在が副軍団長として従者たちの間に入ることで、カラバンは無自覚な内なる矛盾とも向き合わずに済むように思います。
ちなみに、elfationという単語はアラビア語で"不器用"の意味らしい(素人調べなので確証はないです)。
作中で、カラバンが"エルファシオン"と名付ける時にポケットを一度操作したのは、そのまま発音すると「不器用」と"翻訳"されてしまうため、"自動翻訳を解除した"という意味合いの一文を入れました。
ドラックやポンセカル家の睡眠、夢に関する設定は、原作でもまだまだ謎が多く、完全に独自のものです。"予知夢"に関しては、いちおう発想の根拠として、403話エヴァンケルやカラカの手下たちが軍のゲート生成艦から登場する場面で、ドラックが予め反応を見せているあたりを参考にしています。今後原作との矛盾が生じるのはほぼ確実とは思いますが、今回は"予知夢"というギミックをストーリー構成に使ってみたかったので。
全体を通して、ドラックの見た夢と、エルファシオンの今際の走馬灯かもしれない景色、その境界を少し曖昧にして、書いてみました。
いつもより長いあとがきまで読んで頂いた方、改めてありがとうございました。良ければ、また次回!
(第4話は、5/13木曜0時までに更新)